連休初日の土曜日に佐藤優の講義を聞きに行ってきた。
これは、「愛知サマーセミナー」という催しの中で行われたものだった。愛知県の私立高校を支援するグループが中心となって毎年行われていて、夏休み中の高校などを利用して、市民が自由に参加できる学校を開くというイベントらしい。大物だけでなく、年齢問わず誰でも先生になることができて、一度に50以上?の教室が開かれているようだった。たまたま、うちの近所の椙山女学園や愛知学院大学歯学部などが会場になっていて、家のポストにビラが入っていたというのが、見に行くきっかけだった。
愛知サマーセミナー
佐藤優がこのイベントに来るのは今年が初めてではなかったらしい。100人くらい入れる中くらいの大きさの教室が会場で、ちょっと小さいかなと思ったが、お客さんはぎっしりで立ち見が出ていた。客層は、高校生もいたが、30代~5、60代のおとなが中心だ。
講義は午後いちから始まって、なんと5時前まで、4時間ぶっとおしだった!
最初の1時間半は、「今の日本の政治はどうなっているか」という演題で、政治、国家の定義から始まり、先日の参議院選の結果についての論評を中心に話した。そしてそれから、観客から集めた質問用紙全部に答えていった!昨年もそうだったそうで、お客さんたちはこれを楽しみに集まっているようだった。
すごい迫力の語り口に、私は思わずメモをとりながら聞いていたんだけど、印象に残った言説は:
(ちょっと私の解釈も入ってるけど)
・今、政治の世界では、官僚と政治家の激しい権力闘争が起こっている。
・菅直人は現実主義者で政治に夢は持たない、ある意味で官僚的な政治家。
・修正社会主義的な政策は、気をつけないとファシズムに偏りやすい。
・普天間は辺野古ではまとまらない。5月末の合意は、本来は完全な合意に達していないものを、官僚が
あえて合意したかのように装った。まだ時間がかかるし、かけないといけない
・このまま無理に沖縄に基地を押し付けると、沖縄は独立運動を始めるかもしれない。そのくらいの局面
にきている。それは日本にとっても沖縄にとっても望ましいことではない。
・沖縄は日本から支配されても、中国から侵略されたことはない。その歴史感覚を理解すべきだ。
・政治とは、異なる立場にある人達が利害を調整すること。政党とは「部分の代表」、それぞれの利益
グループが自分の利益を守るために作るもの。だから「みんなの」党というのはありえない
(それはファシズムになる)。
・だからこそ政治においては、自分の利益を主張しながらも「他人の感覚を理解すること」が必要。
他人の感覚を踏みにじってはいけない。
・郵政民営化は虚構の権力闘争。なぜなら、郵政は税金を使っていないから、郵政を民営化しても財政は
合理化されないから。
・「子ども手当」の満額支給が実現されなかったのは、財源が足りなかったからではない。財源が足りない
政策は他にも山ほどある。それは官僚が一斉に反対したから。なぜなら、子ども手当は「全員に支給」
だから、官僚が裁量を振るう余地がないから。官僚は裁量がないものを嫌う。
・官僚の行動原理を理解するには、彼らの「集合的無意識」(ユング)をつかむことが重要。
・国家は原則として軍がなければ維持できない。だから憲法9条は日米安保条約とパッケージだ
・鳩山前首相は改憲論者。だから、海兵隊を沖縄県外に出してもいいと思っていて、そうしたら改憲して
自衛隊を増強するつもりだったと思う
・外交の原則は、相手が強く出たらこちらも強く出て、相手が引いたらこちらも引くもの。でも日本はその
逆をやるから、うまくいかない
・嫌な相手とでもつきあわなければことは進まない
・「国家は(官僚が)収奪する組織」
・日本人は農本主義。ものづくりにおける「いいものを作りたい」という感覚は、農業の感覚
・政治において、利権があることが悪いのではない。利権から政治家がお金を抜いている(=腐敗)ことが
あれば、それこそが問題。
・投票したい政党、候補者がないときは、国民はどうすればいいか?
←投票しないこと、白票には意味がない。絶対になってほしくない政党、候補者をつぶせる人に投票すれ
ばいい
・民主党はポリシーなき単なる利権集団だが、今は他に選べる選択肢はない。
・民主主義を維持するには、中間団体の存在が大切(モンテスキュー「法の精神」より)
効率性、物質主義以外の原理を重視する価値観が重要
・自分と利害、波長の一致する仲間のグループを作り、そういうグループを複数作ることが有効
・政治をよくするために国民がすべきことは、自分たちのグループをつくり、その代表を立てて、政治に文句を
言う事。
・外国人参政権については、自分は反対。中途半端な権利しか持たない二級市民を作ることになるから。
また、在日団体もこれを望んでいない。それより、国籍条項を緩くする方がいい
・・・と、後半は質問に答える形式だったので、一つ一つにはまとまりがないんだけど。
佐藤さんの主張する、「右翼でありながら(古典的)自由主義者」という立場が、これまでよくわからなかった
んだけど、話を聞いて少し理解できた。著書の中で佐藤さんは「絶対的なものはある、ただし複数ある」と言
っているが、話を聞いていてなるほどそういうことかと思った。
みんな、国によって、民族によって、いろいろな属性によって、あるいは個人によって、それぞれ譲れない
主義主張、守りたい利益やプライドがある。そのために主張はする。でも、自分とは違う相手の感覚を踏み
にじってまでそれを押し通すことはまちがっている。佐藤さん自身もカトリック教徒で神学研究者なんだけ
ど、神がキリストだけだとは思っていないし、神学を研究していれば自然とそういう立場に行き着くはずだ
といっている。それは納得できる。文系学問を追求し、外国で働いた知識人ならではの立場だと思う。
感動したのは、とにかく大量のいわゆる「一次文献」を読んでいること。参考文献として、マルクスやらヘー
ゲルやらユングやら、幅広い分野の原典がばんばん出てくる。一次文献を読むのは大変だが、ちゃんと読
んでそこから何かを読み取った人の言説は強いと思う。やっぱり勉強しなきゃいけないね!
私は佐藤さんが実際に話すのを見るの初めてだったんだけど、印象は、意外とくだけた人柄でありながら、
常に本当にまじめ、くそまじめで真剣。自分の使命をとことん全うし尽ししたいと思っている人だと思った。
そこは宗教家らしい。
そして、ばっさり切り捨てるような強い語調もありながら、聞き手を絶望させるような発言は決してしないの
も印象的だった。それが論理的思考というものだ。
政治についてのマスコミの発言は、いつも救いがなく行き止まりであるように聞こえるから、一般市民は聞
きたくなくなってしまうんだと思う。人を絶望させるような言説は人のためにならない。実際はそうではなくて、
どんな状況にあってもその時するべきことがあって、それは何かを考えなければいけないのだからだ。
観客もとても熱心で、講義の最後に「来年も来て下さい!」と掛け声がかかるほどで、「マスター・キートン」
に出てくるユーリー先生の市民講座をほうふつとさせた。
私もとても楽しかったしおもしろかった。また来年も参加したいと思います!