2012年1月29日日曜日

ベトナム語L2音声習得の話 その2


ベトナム語を勉強し始めたばかりで、日本で勉強していたころの話のつづき。


さて、末子音は発音も弁別も難しかった。ベトナム語の音節構造はCVCの閉音節がデフォルトで、末子音が標準的にある。末子音は鼻音系と無声閉鎖音系の2系統ある。どちらもなかなかの難関だ。
鼻音系の方は、-m, はいいのだが、-n と、-nh(/ɲ/、硬口蓋鼻音) と -ng(/ŋ/、軟口蓋鼻音)があり、特に -n と -ng が、音響的に相当に似ている。よ~~く聞くと、構音の影響で、前接する母音の音色がびみょーに違うので、ネイティブもおそらく母音の音色で区別しているんじゃないだろうか。ともかく、こちらは鼻音なので、鼻音部分は音響的には実態がある。
一方、無声閉鎖音系の方は、-p, -t, -c(硬口蓋), -ch(軟口蓋音)の4通りがあるのだが、閉鎖の後の破裂がない、いわゆる内破音または無開放閉鎖音 unreleased stopだ。これも学部の音声学で勉強したことがあったので、存在は知っていたし、開放のない無声閉鎖音(入声音)など、存在は知っていたし、言われれば発音もできたが、聞き分けはほとんどできなかった。-p は比較的わかりやすいのだが、それ以外はほとんどお手上げだった。だって閉鎖部分の音響的実態がほとんど全くないのだ。聴解教材を何度も聞いて母音の音色の違いで聞き分けようとしていた(のはこの頃だっただろうか)が、閉鎖しちゃうからほとんど聞こえない。
当時、ベトナム語の音声といえば、CDなど録音されたものでしか聞けなかった。例えば声門閉鎖とか入破音とか、子音系の微妙な音の違いは、そもそも録音媒体には保存されていないのかもしれない。実際、これらの音が区別できるようになったのは、留学してベトナム語の音を毎日生で聞くようになって、さらにかなり経ってからだ。目の前で話している人の生の声から伝わる情報と、口の形なども、弁別においてある程度重要なキューになっているのかもしれないと思う。(実際、電話などだと聞き間違えやすい。)

それから声調だ。
ベトナム語の声調は6声ある、やはり声調の数が多い南部中国語などと違う点は、声調の軌跡が6声それぞれはっきり違い、この軌跡その他の音響的な違いによって区別されるという点だ。
私の知る範囲ではだが、例えば広東語では、声調の数はベトナム語より多いが、平らな声調に高低2系統あるなど、ピッチの相対的な高さの違いによっても声調が区別される。ベトナム語はこういうことがなく、6種類の声調の軌跡がはっきり違い、その他の音響的な要素も異なる。1つ1つの声調は、音響的に比較的はっきりと違う、と思う。
またベトナム語では、1つの音節(語)に固有の声調は、環境を問わず基本的に変化しない。中国語にあるような、変調 tone sandhi と言われる声調の変化や軽声などの現象もない。イントネーションなどによる声調への影響も、とても小さい。
さらにいえば、ベトナム語の表記には声調の記号が明記されている。中国語では漢字表記には声調記号が書かれていないので、1つ1つ覚えなければ読み上げることができないが、ベトナム語は書いてあるとおりに読むだけである。
つまり1つ1つの語の声調の音響的な特徴さえ聞こえれば、わりとはっきりと単純に声調を区別できるし、音響的な現象としては単純で、語の声調も覚えやすい、ともいえる。

でも、勉強し始めた当初、声調に関してはいろいろとびっくりだった。

ベトナム語の声調には、「平ら(または高平)」「上昇」「下降(または低平)」というようにわりと想像しやすいもののほかに、「高いところから急激に下がってまた(尻尾のように)上昇」とか「上昇し、一度声門閉鎖して、さらに上昇」、「下降して、最後に声門閉鎖」というような、なかなかに複雑なものがある。こんな複雑なものを、ヒトが毎日、意味の区別をするために、実用的に使っているなんて、正直に言って心からは信じられなかった。ベトナム人は実際、こんなふうには発音していないんじゃないかとどこか疑っていたかもしれない(ごめんなさい)。なので、声調を身につけることに関して真剣になりきれていなかったような気がする。(そして留学後に苦労することになる。)

似た声調の区別に関しては、はっきり読んでもらったものを1語1語聞けばできたかもしれないが、連続音声では、この頃はわからなかった。声調の区別に関しては、当時はピッチの軌跡で区別をするということしか知らなかった。後で、他にも聞き分けのキューがあることに気がつくのだが、それはずっと先の話だ。

そもそも日本で勉強を始めた頃、教材以外の連続音声を聞く機会はほとんど全くなかった。音声教材は、いわゆる教科書に付いているCDくらいで、今に比べたら極めて限られたものしかなかった。ベトナム人の知人はけっこういたのだが、自分がベトナム語で話せないので、断片的にしか聞く機会がなかった。こういう環境で、ベトナム語の音のイメージを体に染み付かせるには至らなかった。
ベトナム語のクラスでも音読はする機会があったし、字を見て読み上げることはだんだんできるようになっていった。そもそも、ベトナム語は字に音声のすべての情報が書いてあり、表記と音がかなり一致しているので、読み上げは難しくない。その一方で、聞き取りはほとんどできなかったと思う。内容を知らない音声を聞いて情報を取るような練習は、する機会がなかった。

(つづく)

2012年のご挨拶

もう1月も終わりそうなのですが・・・。
2012年、お世話になっているみなさま、世界中が、いつも笑顔に囲まれていますように。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。