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2012年1月29日日曜日

ベトナム語L2音声習得の話 その2


ベトナム語を勉強し始めたばかりで、日本で勉強していたころの話のつづき。


さて、末子音は発音も弁別も難しかった。ベトナム語の音節構造はCVCの閉音節がデフォルトで、末子音が標準的にある。末子音は鼻音系と無声閉鎖音系の2系統ある。どちらもなかなかの難関だ。
鼻音系の方は、-m, はいいのだが、-n と、-nh(/ɲ/、硬口蓋鼻音) と -ng(/ŋ/、軟口蓋鼻音)があり、特に -n と -ng が、音響的に相当に似ている。よ~~く聞くと、構音の影響で、前接する母音の音色がびみょーに違うので、ネイティブもおそらく母音の音色で区別しているんじゃないだろうか。ともかく、こちらは鼻音なので、鼻音部分は音響的には実態がある。
一方、無声閉鎖音系の方は、-p, -t, -c(硬口蓋), -ch(軟口蓋音)の4通りがあるのだが、閉鎖の後の破裂がない、いわゆる内破音または無開放閉鎖音 unreleased stopだ。これも学部の音声学で勉強したことがあったので、存在は知っていたし、開放のない無声閉鎖音(入声音)など、存在は知っていたし、言われれば発音もできたが、聞き分けはほとんどできなかった。-p は比較的わかりやすいのだが、それ以外はほとんどお手上げだった。だって閉鎖部分の音響的実態がほとんど全くないのだ。聴解教材を何度も聞いて母音の音色の違いで聞き分けようとしていた(のはこの頃だっただろうか)が、閉鎖しちゃうからほとんど聞こえない。
当時、ベトナム語の音声といえば、CDなど録音されたものでしか聞けなかった。例えば声門閉鎖とか入破音とか、子音系の微妙な音の違いは、そもそも録音媒体には保存されていないのかもしれない。実際、これらの音が区別できるようになったのは、留学してベトナム語の音を毎日生で聞くようになって、さらにかなり経ってからだ。目の前で話している人の生の声から伝わる情報と、口の形なども、弁別においてある程度重要なキューになっているのかもしれないと思う。(実際、電話などだと聞き間違えやすい。)

それから声調だ。
ベトナム語の声調は6声ある、やはり声調の数が多い南部中国語などと違う点は、声調の軌跡が6声それぞれはっきり違い、この軌跡その他の音響的な違いによって区別されるという点だ。
私の知る範囲ではだが、例えば広東語では、声調の数はベトナム語より多いが、平らな声調に高低2系統あるなど、ピッチの相対的な高さの違いによっても声調が区別される。ベトナム語はこういうことがなく、6種類の声調の軌跡がはっきり違い、その他の音響的な要素も異なる。1つ1つの声調は、音響的に比較的はっきりと違う、と思う。
またベトナム語では、1つの音節(語)に固有の声調は、環境を問わず基本的に変化しない。中国語にあるような、変調 tone sandhi と言われる声調の変化や軽声などの現象もない。イントネーションなどによる声調への影響も、とても小さい。
さらにいえば、ベトナム語の表記には声調の記号が明記されている。中国語では漢字表記には声調記号が書かれていないので、1つ1つ覚えなければ読み上げることができないが、ベトナム語は書いてあるとおりに読むだけである。
つまり1つ1つの語の声調の音響的な特徴さえ聞こえれば、わりとはっきりと単純に声調を区別できるし、音響的な現象としては単純で、語の声調も覚えやすい、ともいえる。

でも、勉強し始めた当初、声調に関してはいろいろとびっくりだった。

ベトナム語の声調には、「平ら(または高平)」「上昇」「下降(または低平)」というようにわりと想像しやすいもののほかに、「高いところから急激に下がってまた(尻尾のように)上昇」とか「上昇し、一度声門閉鎖して、さらに上昇」、「下降して、最後に声門閉鎖」というような、なかなかに複雑なものがある。こんな複雑なものを、ヒトが毎日、意味の区別をするために、実用的に使っているなんて、正直に言って心からは信じられなかった。ベトナム人は実際、こんなふうには発音していないんじゃないかとどこか疑っていたかもしれない(ごめんなさい)。なので、声調を身につけることに関して真剣になりきれていなかったような気がする。(そして留学後に苦労することになる。)

似た声調の区別に関しては、はっきり読んでもらったものを1語1語聞けばできたかもしれないが、連続音声では、この頃はわからなかった。声調の区別に関しては、当時はピッチの軌跡で区別をするということしか知らなかった。後で、他にも聞き分けのキューがあることに気がつくのだが、それはずっと先の話だ。

そもそも日本で勉強を始めた頃、教材以外の連続音声を聞く機会はほとんど全くなかった。音声教材は、いわゆる教科書に付いているCDくらいで、今に比べたら極めて限られたものしかなかった。ベトナム人の知人はけっこういたのだが、自分がベトナム語で話せないので、断片的にしか聞く機会がなかった。こういう環境で、ベトナム語の音のイメージを体に染み付かせるには至らなかった。
ベトナム語のクラスでも音読はする機会があったし、字を見て読み上げることはだんだんできるようになっていった。そもそも、ベトナム語は字に音声のすべての情報が書いてあり、表記と音がかなり一致しているので、読み上げは難しくない。その一方で、聞き取りはほとんどできなかったと思う。内容を知らない音声を聞いて情報を取るような練習は、する機会がなかった。

(つづく)

2011年12月9日金曜日

ベトナム語(L2)音声習得の話 その1

日本でベトナム語の勉強を始めたころの話。

ベトナムを初めて訪れたのは、卒業旅行という名目でだった。ハノイからホーチミンまで2週間旅行して帰国した後、ベトナム語に興味を持って、ちょっと勉強してみようかなという気になった。私はもともと大学で言語学を専攻していて、外国語学習が好きだったし、第二外国語の他にラテン語+2言語が必修だったということもあり、学内で開講されているいろいろな外国語の入門を勉強したことはあった。でもどれ一つ初級レベルを越えなかった。それで、英語の他にもう一つ言語をみにつけてみたいという気持ちは確かにあった。

それで修士に入ったころ、ベトナム語を勉強できる教室を探し(大学ではもちろん開講されていなかった)、市内のカルチャーセンター週1回のクラスに通い始めた。ここでは市販のテキストを使い、文法を中心に教えていただいた。このあと結局、時々休んだりしながら3年近く通うことになる。

私は修士課程では音声学の分野で論文を書こうとしていた。ベトナム旅行をきっかけに、ベトナム人の学習者の日本語の発音の問題について興味を持った。学部の時に実験音声学と調音音声学の科目があったので、音声学の基本的な知識はあった。修士に入ってからは日本語学習者の音声についての科目もあり、ベトナム語の勉強を少し始めていたので、授業の課題としてベトナム人の学生の発音を母語の影響の点から調べたりしたこともあった。

それで、ベトナム語を勉強する上では、発音はできるだけ正確に身につけたいという意識があった。ベトナム語教室では、発音の説明はあまり詳しくなく、市販の教科書にあるような、分節音、主に子音と声調の説明にとどまっていた。私の場合、音声学の勉強をしていたので、1つ1つの分節音の発音のしかたは理解できた。

ベトナム語の発音として、一般的な教科書に説明されているのは、頭子音・母音・末子音・声調の4つの要素だ。この4要素の学習について、勉強を始めた当初の状況を書いていくと。

まず、ベトナム語は日本語にはない頭子音の対立がいろいろあって、例えば t と th、つまり有気音と無気音の対立や、g音、つまり軟口蓋摩擦音などが最初の難関なのだが、どれも他の言語にもあるものだったので、少なくとも調音方法はわかった。 ベトナム語では b や đ (英語のd)などが人によって入破音 implosive ぎみになるのだが、これはこのころはまだできなかったかもしれない。他にも、二重調音とか反り舌音とか、調音音声学の教科書で紹介されていたちょっと珍しい音がベトナム語にはあって、ふ~んこれがそれなのね~と思っていた。調音のほか、音の弁別も、聞きとりテストのような形式で、1音節レベルで聞いて比べて区別しろと言われれば、だいたいできたと思う。でももちろん、連続する発話の中では、tとthの区別などはできなかった。

一方、母音についていうと、調音方法は分かっていたが、当時は音色のイメージがほとんどつかめていなかった。
ベトナム語の母音は10(または11)あり、音声学の授業で勉強する母音四角形上に、ダニエル・ジョーンズの基本母音ばりに、きれいに規則的に並べることができる。つまり、母音の音色の3要素である「顎の開きの大きさ」と「舌の位置」と「唇の丸め」によってちゃんと分類することができる。だから調音方法を学ぶことは簡単だった。しかし、それを身につけるのはとっても難しかった。
日本語で「い」「え」の2通りしかない前舌母音が(顎の開きの狭い方から順に) i  ê  e  a の4通りある。「あ」に聞こえる音がが a(前寄り)  â(中舌) o(後舌)の3通り。「お」に聞こえる音が o (後舌)  ô (円唇)  ơ (非円唇)の3通り。
隣接する音の違いは、かなり長い間、正直わからなかった。中では、円唇と非円唇の違い( o - ô、u - ư )は比較的わかりやすかったものの、ê - e、a - â の違いなどはほとんど全くわからなかった。発音も、注意すればなんとか形を作ることはできたと思うが、ベトナム語の母音の音のイメージ(記憶?)が頭にないまま、口の形だけ作っていたので、ベトナム語らしい発音にはなっていなかったと思う。
ちなみに、 ê - e は今でも間違える。a - â は、母音の音色のほかに持続時間も違い、音節構造によって出現に制約もあることが後で分かったので、今はあまり間違えなくなった。一方、このころは、ニ重母音や、介母音・わたり音のことなどは、あまりよくわかっていなかった。

(その1・つづく)

2011年10月1日土曜日

タクシー運転手のおじさんの話

今朝ホーチミン市から戻りました。
昨日乗ったタクシーのおじさんの話が面白かった。

今回の私の宿はLý Tự Trọng通りにあった。特に目立つことはないミニホテルだ。ベンタイン市場から近い便利な場所だけど、ツーリスティック過ぎず静かで、普通の町の雰囲気があって気に入っている。このへんは表通りには庶民的なごはん屋があまりないのだが、このホテルの脇の路地には朝から晩まで屋台が出るのもよかった。毎朝、宿の普通のコンチネンタルな朝食をパスして、この屋台で麺とかなんとか食べ、雨が降ったり夜遅くなるとお持ち帰りしたりして、とても便利だった。
この宿のもう一ついいところは、いつもタクシーが前に止まっていて、出かけようとするとセキュリティのおじさんがすぐ車を呼んでくれるところだ。ホーチミンでは、メーターを使わなかったりふっかけてきたりするタクシーもある中で、このホテルの前には安全と言われている会社のタクシーがいつも泊まっていて、お釣りをごまかされたりすることもなかった。
最終日の空港に向かう直前に少し時間ができたので、スーパーに行こうとしてタクシーに乗ったら、運転手のおじさんが心配したのか、スーパーの前で「今日もうこれから帰るのか。あと1時間しかないじゃないか、この角で待ってるから買い物済んだら乗れ」と言う。あとでふっかけられたりして?とも思いつつ、スーパーを出ると確かにおじさんがさっきの場所で待っている。まあいいかと思い、他にも数軒回ってもらってホテルに帰り、空港まで乗せて行ってもらう途中で少し話をした。

以下、おじさんとの会話。(べらんめえ調の早口の南部弁を想像してください)。

K(わたし):あのホテル、なかなか良いホテルだよね。オーナーはどんな人なの。
L(おじさん):おう、いいホテルだよな。オーナーはベトナム人で、女の人でな。でもだんなが外務省の人で、だから手続きとかなんとか便利なんだ。他にもホテル持ってるんだよ。そっちのほうは5つ星だけど、こっちはそんなじゃないけどな。でもちょっと高いだろ。
K:ま、すごく安くはないけど。でもサービスがいいし、いいと思うよ。
L:あの路地の中に他にもホテルあるんだよ。そっちは1泊たった20ドルで、ちゃんとエレベーターだってあって、なかなかいいぜ。
K:ふーん、いいね・・。おじさん、私、北で勉強したから、南部弁あんまりよくわかんないんだよね。おじさんはどこの出身なの。
L:おう、おれはここの生まれだよ。すぐここだ。うちはあの路地の中だよ。
K:えーそうなの?あそこに住んでるんだ。(だからあそこにタクシーがたまってるんだ・・)
あの路地、なかなか便利だよね。屋台もあって。
L:そーだな。フーティウの屋台があるだろ。食べたか。
K:毎朝食べてたよ。あそこ、けっこうおいしいなーって思ってた。
L:おー、そーだろ。あの屋台の奥さんは、もう10何年あそこでやってんだよ。
K:へえー、そうなんだー。なるほどね。他にもいろいろあるよね。
L:そーだな。焼きそば、サンドイッチ、果物、チキンライス・・・なんでもあるよ。昼はごはん屋も出て、朝昼晩とあそこで食べられるよ。
K:あの屋台の人達もみんなあの路地に住んでるの?
L:そーだよ。みんな家族みたいなもんだ。
K:へえ~。
L:おれの家族は中国の潮州から来たんだ。昔、あのへんにはいっぱい中国人が住んでてなあ、今でも中国出身の人が多いんだよ。
K:へー、知らなかった。おじさんの家族はいつ中国から来たの。
L:ずーっと昔だよ。おれのおばあさんの時からだ。今80歳だよ。だから母親もおれもホーチミンで生まれたんだ。おれは3代目ってことだな。
K:そーなんだ。私も韓国人の三代目だよ。韓国語しゃべれないけどね。おじさんは中国語しゃべれるの?
L:おーしゃべれるよ。潮州弁だけどな。ホーチミンには、潮州とか、広州とか、中国の南のほうから来た人が多いんだよ。知ってっか。がっはっはー。

確かにその宿の周りの人たちはみんな馴染みのようで、よそ者の悪い人が入ってくるような感じがなく、居心地のいい雰囲気だったのは、そういうわけだったのかと思った。ホーチミン市は(ベトナムの町はどこでもそうだけれど)占領・戦争・社会主義化(または北による再占領?)・そして改めて市場経済の隆盛、と、激動の歴史を重ねてきたはずだけれど、そんな中で、家族や地域社会の歴史もこの場所に淡々と刻まれていっているんだなーと思わせられる話だった。
最初はちょっと疑ってしまったけれど、結局のところこの運転手おじさんはとても親切で気がよかった。あのへんに住んでるなら、今度その宿に泊まればまた会うことになりそうだ。こうやって親切な顔見知りができると、まだあまり詳しくないホーチミン市にもだんだん気楽に行けるようになりそうで、楽しい。

2011年9月25日日曜日

ホーチミン市日記

ホーチミン市出張、1週間過ぎました。街をゆっくり歩いたりする余裕がなかなかないですが、近況。

・南部方言には苦戦。発音を少しでもやってみようと思ってたけど、こちらではいろんなところの出身の人がいて、それぞれ発音がぜんぜん違う。ニャチャンなど中南部の人が多いけど、反り舌化が激しくて、最もわからない。深南部方面は、何でもヤ行音化?する感じ?高さも全体的に高く、前よりで、とってもやわらかーい。誰をモデルにしていいのかわからない。中途半端に真似しようとすると聞き間違えられてしまうし、北部方言で発音すれば間違えられることはないので、とりあえず断念。聞いて理解することを優先したほうがよさそう。しかしこれは時間がかかりそうです。南部方言を女の子が話すと可愛いくて、できるようになりたいんだけどなー。

・初めてバスに乗ってみた。楽しい。路線もいっぱいあって4000ドンで安い。降りるバス停の名前も放送されてわかりやすい。今日乗ったバスはいわゆるワンマンで、自動でレシートが出てくる機械が備え付けられてた(ハノイのバスは車掌がお金を集める式)。一度、軽トラの荷台が客席になってるやつ(あれ、ベトナム語でなんて言うんでしょう?)に乗ってみたい。

・バスに乗ってチョロンに行ってホーロー製品を探したんだけど、見つからなかった。ベンタイン市場のおばさんに、「チョロンに行けばある」と言われたんだけど、探しきれず。今月号のスケッチの特集で、ハイフォンに工場があると紹介されてたんだけど、南部にはもうあまりないのかな。ところがたまたま今日会った人がハイフォン出身で、お母さんが画家で、昔このハイフォンのホーロー工場で製品に絵を描いていたんだって!すごい偶然。いつかハイフォンに行ってこのお母さんに会って、ホーロー製品工場を案内してもらいたい。ホーローはとりあえず、次にハノイに行ったときに買うことにする。

・ライブハウスに2軒行ってみた。1つはおなじみのYOKOで、ここはいつ行ってもいい店。内装がかなり変わってて、客席が広くなってた。スタンダードをフュージョン風にアレンジして演奏するステキなバンドがやってました。若い子たちだった。ピアニストがステキだった(けどこの人の吸うタバコの煙がきつくて咳が止まらなくなった)。2軒目はCafe Betという店で、奥まったところにあるアングラな感じのところだ。板張りで靴を脱いで入るのが芝居小屋っぽい。日替わりでお芝居や音楽をやってるらしい。音楽はアコースティックなもの限定のようだ。私が見に行った日は、日本で言うと「昭和30年代歌謡曲」という感じの曲をピアノ伴奏で歌う男の子が順繰りに出てくるという日だった。ものすごい古い感じで「歌声喫茶」かという感じ。若い子たちが360度回転してこういうものを聞いて楽しむようになってるというのは面白い。もう1・2軒行ってみたい。こういう店は3区のNguyen Dinh Chieu近辺に多いみたいだ。ただ、夜、一人でこういうところをどのくらいうろうろしていいものか、ちょっとつかめない。

・フィルム写真がぜんぜん撮れてない。実はカメラが故障していて、シャッター押した後ミラーが戻らなくなってしまった。でも、レンズをねじって外しかけるとミラーが戻るので、撮れないこともない。なんだけどどうも写真を撮りに行く気分になれない。まあ、仕事のこと考えてるからでしょう。実は今回カラーフィルムを持ってきている。ドンコイ通りで古いカメラを売ってるおじさんがいて、いろいろ見せてもらった。PEN-Fとか2眼もあった。2眼はローライ、リコー、ヤシカがあって、ヤシカが一番安くて550万ドンだといわれた。見せてもらったけど意外ときれいで撮れそうだった。120ミリのフィルムも売ってて1本3ドルぐらいで、現像もできる店いっぱいあるって。ぐらっときたなー。

・意外にも北部人によく会う。カウンターパートの大学の学長(女性)も北部人。ホーチミン人の友達曰く、北部のほうが言葉の表現が豊かで、変わった言い方をしたり間接的な言い方をしたりよくする。頭良さそうではあるけど、気取った感じがする。とのこと。たしかにそういう気がする。私はハノイ人の言葉遊びは嫌いじゃないけど、ちょっと内輪受け的で、南部人みたいに気さくではないよね。でも南部在住の北部出身者たちが意外に南部をほめる。気候がいいし、開放的だし、変なしがらみもないし、とのこと。そうだよねーとも思う。南部には北部人がいっぱいいるけど、北部にはそんなにいない。北部にももっと南部人が進出して、もっと混ざり合えばいいのに。と思う。私にとって南部で最もいいと思うことは、清潔。しかし北部料理の店の看板とか見ると、なんだかなつかしくて入りたくなっちゃって、われながらアホかと思う。

ひょっとすると仕事の都合で予定を数日延長するかもしれない。こっちはまだ雨季が終わらない。雨が降るとちょっと肌寒かったりする。日本に帰ったらもう10月、寒そーだな。ハノイももう秋らしいよね。いい気候の時期になってきたよねー。

2011年9月22日木曜日

2011年9月18日日曜日

ホーチミン写真

A birthday party

HCMの食べもの写真

カフェでものっすごいスコールに降られた。幸いWIFIがあったので、HCMの食べ物写真をアップします。

下の記事にでてきたBột chiên。四角いのが、餅っぽいものです。
初めて食べた。味は薄め。右下に見えるにんにく油をかけます。
ちなみに、一見ガス台に見えるけど、ペンキ缶みたいなのに炭を入れて鉄板をのせただけ。

この料理が好きすぎる。Nêm lùiといって、甘辛い味のついたひき肉のつくねみたいなのを、
香草と一緒にライスペーパーに包んで、ピーナッツのソースをつけて食べる。
薬味としてスターフルーツ、生バナナのスライスも入る。
これに似た料理は全国にあって、これは中部・中南部のスタイルだと思います。
ニャチャンでおいしいの食べたよなー。

Cơm hến (しじみ汁かけご飯)。しじみなどの具ののったごはんに、しじみの出汁のスープをかけて
食べる。中部料理。具と薬味がすごく複雑。この店のは粉唐辛子が入ってかなり辛かった。
フエ料理。"Nam Giao"にて。

Hủ Tiếu(ビーフンの類、南部料理)屋のテーブルセッティング。
北部と違います。紙がない(ここだけ?)。

やっと雨やんだ。でもこの調子では街は大渋滞だろうな!

ホーチミン日記 20110917

仕事でホーチミン市に来ています。今回は2週間弱の滞在で、HCMにこんなに長く滞在するのは初めて。いろいろ新しいことが多いので日記を書いてみます。
まず気づいたことから。

○言葉がわからない
わからない・・・。近所の屋台のおばちゃんが言ってることが半分ぐらいわからない(涙)。
仕事では北部人も多いし、私の言ってることはわかってもらえるので、なんとかきりぬけられないこともないが。人によってずいぶん違って、かなり北部方言に近い人とそうでない人の差が激しい。庶民的な人ほどわからない。南部の地方から出てきる人たちの発音がわからないのか?
今分かる範囲ではこんな感じ。 
1)1音節レベルで声調(重い声調・尋ねる声調と、上がる声調・折れる声調がだいたい同じにな
って4声調?違う?)。
2) 1)に伴って2音節の声調の組み合わせのcoutourが北部とぜんぜん違う。
例えば"Khổ quá"だと、北部ではkhổの尋ねる声調で一度最低音まで下がってからquáで上昇
    するののだが、こっちでは「上がる+上がる」となる。
3)/v/ /z/は/y/化するが人によって全部する人と一部しかしない人がいるみたい。
つづりRは北部ではザ行音だがこちらでは/r/か、ふるえ音。これもまだつかみきれない。
"tr"はそり舌音。
4)二重母音の音色が違う。"-iê-"は北部でははっきり「イエ」と読むがこっちではe音がとても軽
くて、iの長母音のように聞こえる。"-ươ-"なども同様。これが慣れない。
5)単母音の音色もかなり違う。"a"はより前舌。"ê""i"は激しく中舌化。
6)末子音の区別は、本に書いてある通り、かなり弱くて違いがわからない
全体として、北部方言で意味の弁別に使っているキューが軒並み使えなくてわからない。これに輪をかけて、語彙も、語彙の選択も違う。語彙としては北部でも使う語彙を使っていても、あることを北部とはぜんぜん違う言い方をすることがある。うう・・・。
今回の滞在中の目標としては、2音節の声調の組み合わせのCoutourぐらいはちょっとつかみたい。あと単母音・二重母音の音色もちょっとまねしたい。でも北部では意味を区別するためにはっきり区別して発音するよう心がけていたものを、区別が曖昧になる方向に修正するのはけっこう抵抗を感じる。自分が話せなくてもいいか。せめて聞いてもうちょっとわかりたいものだ。

○北部人が多い
ほんとうに思ったより多い。観光や仕事で短期滞在している人も多いみたいだし、戦中戦後の移住、最近の転勤などで移動してきて、すでに長く住んでいる人も多い。街を歩いていても普通に北部弁が聞こえてくる。今日会った北部出身の知人の話によると、身の回りの50%は北部人じゃないかという(それは多すぎ?)大学の中にも多い。カウンターパートの大学の学長は北部人。路地の中とか地元っぽいところではあまり出会わないけど。政府系とか、ホワイトカラーの仕事をしてる人が多いってことだろうか。北部料理のレストランもたくさんある。

○社会の構造がかなり違う
大雑把な言い方だけど。例えば、ハノイでは、サービス業で働いている人に年配の人はほぼ存在しなくて、ほぼ20代なのだが、こっちでは、ホテルマンやデパートの職員などで40、50代のベテランっぽい人が普通にいる。これは大きな違いだ。たぶん、こっちではサービス業の業種が30年以上前から存在し、ずっと働き続けている人がいるってことじゃないかと思うんだけど、違うかなあ。北部では飲食等以外にサービス業という業種が現れたのはまだ最近だ。

○屋台がいっぱいあって便利
軽食の屋台が多い。ハノイでは田舎から天秤棒を担いだ行商式の奥さんたちが通ってきて広げる露店が多いが、南部のはほんとに転がして運べる屋台の形をした屋台がある。流している屋台もあるが、朝昼晩と同じ場所にいる屋台も多くて、時間によって違う物を売ってたりする。ハノイの場合、行商の奥さんたちは決まった時間しかいなかったり移動して行ったりするので、なかなかつかまらない。
ちょっとした路地には屋台があってすぐに何か食べられる。便利だ。バンコクに似ている。ふつうに美味しい。昨日、到着してすぐ大学に打合せに行って、お腹がすいたので大学の前にいた屋台でタマゴサンドBánh mì trứng(フランスパンに焼きたて卵と野菜やパテなどをはさむ)を作ってもらって食べたんだけど、全く当たり前の味なんだけど改めておいしかった。ベトナムのタマゴサンド大好きなのだ。
昨日の夜、スコールが降って食事に出られなくて、遅くなってからお腹がすいて、宿の脇の路地に入ってみたらうまいこと屋台がいて、Bún thịt nướng(生ビーフンと焼肉の和え麺)と刻んだ果物のシロップがけをお持ち帰りできた。図らずもデザート付きだ。ふつうにおいしい。この路地には朝から晩まで4軒ぐらい屋台が並んでいて、麺もの、炒め物、果物、とうまく分業している。お昼はご飯におかずも出している。すべてお持ち帰り対応だ(これもバンコクに似ている。ハノイではこうでもない)。Bún thịt nướngとか、Bột chiên(これなんだろ?お米の粉を練ってサイコロ型に切った餅っぽいものを鉄板で焼いて卵とじにしたやつ)とか、北にはないものもある。

○街の匂いが違う
料理も甘い味付けが多いこともあってか、ホーチミン市は全体的になんとなく甘い香りがする、ような気がする。ドリアン、ジャスミン、バニラ、これはむしろバンコクに似ているなー。うまく説明できないんだけど・・・。

2011年5月10日火曜日

ぬれて行こう


このくらいの雨なら、傘はまあいいか・・。ハノイの春先特有の弱い雨が降ってた。
旧市街の路地の奥行き感が写ったかな。

小糠雨



他国在住の日本人がハノイを訪れて、「今でも本当に菅笠かぶって天秤棒かついでる人たちがいるんですねー」って感想を述べていた。確かに、そう言われてみれば、ビルが建ってもATMが林立しても菅笠・天秤棒は現役。特別なものではない。田舎からハノイ市内に商売に来る人達がこのスタイルであることが多いから、都会と田舎の格差の象徴という面もある。でも市内の人でも、菅笠は一家に1つぐらいある気がする。ちょっと日傘替わりとか小雨よけにとか、ハノイの気候には便利なものですよね。でもいつか、ハノイから菅笠や天秤棒がなくなる日が来るのかなあ。
これは旧市街Hang Giay通り周辺の四つ角で撮った。雨が降っててぬれるし暗いし、時間はなかったし、旧市街は建て込んでるので、50ミリでは街並みが視野に入りきらないため、28-70mmを付けてたので、なおさら暗くて苦労した・・。
ハノイのおばあさんは、とってもよい絵になる被写体です。

2011年2月12日土曜日

2010年のベトナム語クラス総括

大学の学期終了時期です。後期のベトナム語クラスも試験をして修了した。
後期は「ベトナム人と友達になる」というテーマで、自己紹介や家族、趣味など、初めて会ったベトナム人とスモールトークができる要になるという目標ですすめた。発音はレベル2に進んで、連続する音節の声調の区別を勉強した。
後期で面白かったことの一つは、後期から入ってきた初学者の学生がよくできて、最後には前期から継続の学生と同じレベルで試験ができたことだ。ベトナムに興味を持っている学生たちで、動機がはっきりしていたこともあると思う。
もう一つ面白かったことは、声調は早い時期から勉強できるし、コミュニケーションにも役に立つということだ。後期に初学者の学生といっしょに発音レベル2に進んで、分節音の発音もそこそこの状態で、先に声調の特徴と区別を勉強してもらうことになったんだけど、分節音より先に声調の区別を扱っても学生はそれなりにわかるようになる。
分節音の発音を優先して教えていると、なかなかできるようにならないし、1音節の発音から次に進めないのでコミュニケーションにつながりにくい。一方、声調、特に連続する音節の声調パターンは、分節音より早くできるようになるし、意味のある発話と結びつけやすい。分節音が多少間違っていても声調パターンが合っていればベトナム人に通じやすい。今後も、声調を先に教える方針でいいよねと思った。

ちょっと話が違うけど、ある学部学生の話が印象に残った。
その学生は医療系の資格をとるコースで勉強していて、国際協力に興味を持っており、専門能力を生かして例えば協力隊とか・・・と考え始めたらしい。でも、周囲には同じような関心をもつ学生はいないらしく、むしろ、せっかくこれから(日本で)社会に出て手堅く仕事につけるのに、どうしてわざわざコースを外れていくの?という雰囲気で、周りからちょっと浮いてしまっているそうだ。(本人はごくふつうの若者でとてもよい子だ。)ふ~ん・・・と思った。今の日本の一般的な大学生たちは、そういう雰囲気なのかもしれないなあ。
国際協力分野に進めば必ず役に立てそうな資格だし、周りにどう思われるかなんて気にしないで好きな道に進んでほしいなー、と、思わず後押ししたくなる。その反面、国際協力分野は日本ではいまだマイノリティだし、一度踏み込むとふつうの日本社会に戻ってくるのはなかなか大変なことだということもよーく知っている。日本で手堅い仕事につくことの価値は、十分すぎるほどある。彼がどうするのか、ほんのり温かく見守ってみたい。

でも、これまでの経験によれば、海外行きたいとか口走っている人は、すぐではなくてもいつか、ほぼ必ず行っちゃうんだよな。それなら(まわりに迷惑かけにくい)若い時に行ったほうがいいと思う、というのが私の意見。

2010年11月24日水曜日

Delicious Ceramic@ハノイ、バッチャン村

こんばんはー。
9月のハノイの記事を全部書き終わらないうちに、11月の滞在もとっくにもう終わってしまった…。

さて、ずっと書こうと思っていたDelicious Ceramicです。
9月のハノイ滞在の時に、思い立ってバッチャンに出かけてみました。
バッチャンというのはハノイ市内、中心部の東側に流れるホン河の東岸の地域にある陶器の村です。
最後にバッチャンに行ってからもう2年ぐらい経つと思うんだけど、久しぶりに行ってみたらすっかり様子が変わっていてびっくりした。まず、初めて往復とも路線バスで行ってみた(片道5000ドン=約20円)んだけど、ホン河にかかるロンビエン橋のたもとのバスターミナルがいっぱしの近代的ターミナルになっていたところからけっこうな驚きだった。(1~2年前からこうなっていたんだけど)
立派になったロンビエンバスターミナルは屋根が波打つデザイン。雨除けとしてはいまいちか。
 バスでバッチャンまでは30分~45分ぐらいで、川を渡ってしばらくは、周囲が住宅開発地区になっていて道もきれいに舗装されていた。しかし途中からは、昔と変わらず砂埃立ち牛がたたずむ土手の道だった。(途中にエコパークと銘打つ公園らしきものができていたけど、あれはなんだろう?)

 終点でバスを降りると、陶器市場の手前に屋台が出て賑わっていた。
その近くには、陶器に絵付け体験をしたりできる店が並んで、そして高校生ぐらいの若い子たちがいっぱいだった。そういえば、私の学生たちも週末にグループでバッチャンに遊びに行ったりしていた。最近のバッチャンは、ハノイの街の子たちが低予算で気軽に遊びに来る観光地になっているみたいだ。都市化、経済成長に伴う変化なんだろうなあ。
 しかしほんのちょっと前までは本当に何もない、外国の観光客以外は来る人もいない、お茶を飲むところすらない、ひなびた村だったんです。

ベトナム人観光客向け屋台。サトウキビジュースとか、焼きソーセージとか。ただしほこりっぽい。
 とはいえバッチャンの陶器の品揃えは特に昔と違いはなかった。町から遊びに来る若者たち向けのささやかな記念品のようなものはいっぱいあるけど、全体的には昔以上に画一的。

 ただし、たった1軒だけ突然変異的に周りと全く違う世界観を醸し出している店がある。それが今回私がバッチャンまで出かけてきた目的であるDelicious Ceramicなのですが・・・

竹やぶと赤い看板と窓枠が目印。
 バッチャン村でバスを降りて、突き当たりを右のほうにずーっと行ってください。そのへんの人に住所を尋ねながら10分ぐらい歩くと、明らかに周囲と雰囲気の違う、異様に垢抜けた竹やぶと赤い看板が見えてくるのですぐわかります。住所は 227 Giang Cao, Xom 5, Bat Trang。


作家のお母さん(けっこうやり手)がいます。
中は、おちょこ・そばちょこ・小さい取皿などの小さめの陶器を中心にステキにディスプレイされている。陶器にはどれも、子どもの落書き風の、味のある絵が入っている。生地の質感は粒子が荒くて厚くコロンとしたバッチャン独特のものだけど、デザインが全く違う。いったいどういうわけでこんなデザインのものがここに?
店番のおばあちゃんに聞いてみると、ここの品を作っているのはおばあちゃんの息子さんで、特別デザインを勉強したとかそういうわけではなく、ただ好みでこういう子ども落書き風の絵を入れているんだそうだ。店のインテリアは赤がアクセントになっているが、単に息子さんが赤が大好きだというだけらしい。外国人が関わってるとか、そういうことも全くないらしい。ただ、奥さんの旦那さんはロシアに住んでいた方だそうで、外国に縁のある家族ではあるようだけど・・
ハノイでは、けっこうたまに、特別な環境にいるわけでなくてもとびぬけてセンスがいい家族に出会う。そういう人たちだろうか。

ディスプレイもかっこいいのだ。
値段は、おちょこサイズでも200円ぐらいと、そこらへんのバッチャンの数倍すると思われる、なかなか強気な値付けだ。おばあちゃんもしっかり売り込んでくる。でもこの垢抜けぶりなら売れてるだろうと思う。実際、私もおしゃれで力の抜けた雰囲気がすごく気に入って、おみやげにも自分用にもかなりたくさん買って帰った。お皿、マグカップなど、家で愛用している。

ふつうのバッチャンを楽しんだリピーターならば、2度目にぜひ行ってみてね。今のところ、バッチャンは、ここだけが突然変異的にユニークなだけなんだけど、これからこんな独創的な人達が増えたら面白いんだけどな・・・。

2010年10月24日日曜日

アオザイガールズ(最近のベトナム女子たち)

2010年9月のハノイで改めて感じたことの一つに、10代~20代の女の子たちが以前にもまして垢抜けてきたということがある。
もともとベトナム人はかなりおしゃれだと思う。特にハノイの人はそういう傾向があるような気がするが、見た目にとても気を使い、洋服、バイクなどの持ち物、インテリアもとても興味を持っているし、お金もしっかりかける。外国の情報が自由に入るようになり、周辺の国との流行の格差時間差も徐々に縮まってきて、そして都会の人達の生活にも余裕が出てきて、社会の変化のピークを迎えたかのような今年、女の子たちがいつにもましてがらっと変わった感じがする。
私の学生たちは法科大学の学生で、田舎から出てきてる子も多く少なからずガリ勉ちゃんたちなので、決して最先端中の最先端ではない(たぶん外交大とか、ハノイ出身者の多い私大はもっとおしゃれだと思う)んだけど、それでも立ち上げ当初に比べてうんとおしゃれになった。方向性はパンツスタイル中心の若者らしくけっこうひねったカジュアルという感じだ。クラスに一人か二人ぐらいファッションリーダー的な子がいて、その子のファッションについてよく話題になっている。日本にそのまま連れてきても違和感がないくらいこなれている子も少なからずいる。
洋服だけじゃなく、髪型や小物もコーディネイトするようになっている。この前のハノイでは女の子の間でおだんごヘアーが大流行していた。日本みたいに頭のてっぺんに大きいお団子を作る感じではなく、高い位置でちっちゃくまとめる感じで、前髪を斜めに流す感じにしていた。日本人は不思議に思わないかもしれないけど、これってすごい画期的な変化なんです!10年前は、周期的に変わる流行なんてものはなくて、ひねもすみんなおんなじ黄ばんだ開襟シャツにズボンに黒髪ストレートだったのです。変われば変わるもんです。
流行はファッションに留まらなくて、たとえば、女の子たちの間で「ハグ」がはやってるみたいですごいびっくりした。私が職場で学生たちにあいさつして、「もう今日の夜帰るの~」って言うと、3年生の女子学生一人が「先生ハグしてもいいですか Co oi, em om co mot cai duoc khong? 」って言うので耳を疑った。???なに?om???と思ったけどハグされてみました。うーんびっくり、はからずもドキドキしてしまった。職場のスタッフが「最近若い子たちは、やってますよね~」と言っていた。もともとベトナムにはそういう習慣はなかったんですよ!最近日本人の女の子たちもよくやるようになった気がするけど、若者文化っぽいものが生まれてるんだろうと思う。

今年の8月に名古屋に研修に来た1期生たちのうち3人は女の子で、一人はハノイ出身でもともと非常におしゃれだったんだけど、残りの田舎っぽさがぬけなかった二人も、今回の来日の時にはいっぱしのおしゃれ女子になっていた。3人とも交流行事用にアオザイを2着ずつ持ってきていた。びっくりしたのは、アオザイを着る場面ではたいへん上手にナチュラルメイクを決めて、しかもメガネをコンタクトに変えて登場すること!スゴイ!いつどこでそんなことを勉強したの!(このために彼らはわざわざコンタクトの入れ方を練習したらしい!!!)
そしてその甲斐あって、3人ともものすごーく可愛かった。行事のパーティーの時には、お客さんのおじさんたちが、他の国の女子学生たちもいるのに、迷わず真っ先にアオザイちゃんたちに向かってくるというぐらいで、猛烈な威力だった。おじさんたちが鼻の下を伸ばすのもわかる。私だって凝視しちゃうぐらいに可愛いです。ベトナム人女子はこれからもますます可愛く、賢くなることでしょう。恐るべしです。サービスカットを掲載いたしますのでみなさんもお楽しみください☆

2010年10月4日月曜日

ハノイ最近の流行 Trà chanh


2010年秋のハノイでは、Trà chanh が大流行していた。
Trà chanh というのは、ライムと砂糖を入れた冷たい緑茶のことで、要は(緑茶だけど)レモンティーだ。上の写真では、光の加減でオレンジ色に写っているけれど、実は薄緑色の緑茶です。
確かに緑茶にライムを入れたものは以前からどこでもあったわけではないが、特に特別なものでもない。なんで今そんなものが流行っているのかよくわからない。


でも、夜、あちこちの街角で、お昼の店が店を閉めた後の歩道にレモンティーの露店が出て、お約束のお風呂椅子、またはそれすらない段差に座り込んだ若い人で大にぎわいしているのだった。

*最近のハノイでは、通りの店の営業時間が終わったあと、店の中やその前の歩道のスペースをオーナーが別の商売をする人に貸すことがよくある。
*しかし歩道で商売をするのは違法で、警察に取り締まられて罰金を払わされるので、できるだけ歩道には椅子などを置かないように、置いてもすぐ撤去できるように営業する。

写真はその中でも特に人気があるらしい、大教会前の雑貨屋を借りて営業している店。オレンジ色の街路灯の下、ゴシック様式の大教会も眺められて、雰囲気のあるいい場所だ(歩道の上であることを除けば)。


インスタントのお茶を出している店も多いらしいのだが、この店はちゃんとお茶葉とライムでいれていて、味は緑茶だからさっぱりしてて、確かにおいしい。蒸し暑い夏の夜をしのぐのにはぴったりだ。1杯4000ドンぐらいと値段も庶民的。高い賃貸料を払っているカフェの高いコーヒーを無理して飲むより、こういう風通しのいいところで夜の通りを眺めながらだらだらだべりたい、というのがハノイ市民の本音なんだろう。

町の人のそんなささやかな希望を叶えられる、贅沢じゃなくて地に足の着いた商売を、取り締まられたりせずに落ち着いてできるようになれば、もっといい街になると思うんだけどなあ。と思う。

2010年9月27日月曜日

おいしかったレストラン2 Phố biển


おいしかったレストランその2、シーフードのPhố biển。ホアンキエム湖や大教会 Nhà thờ lớn から近い、Tràng Thi通りにある。
ここは以前からよく行っていた店で、シーフードが食べたいお客さんをよく連れていっていました。シーフードは高すぎる店が多い中、ここはそこそこ雰囲気がいいし、お値打ちだし、サイドメニューもベトナムらしい料理があって、わりと垢抜けした味でおいしいから。ベトナム司法省御用達らしい。(ベトナム人が職場の会食とかでわーっと大人数で行って食べるのに使う店は、だいたいおいしい。)そういえば外国人客はあまり見たことがないけど、メニューは写真もあるし、高級度レベル「4」(外人対応がある店)で、日本人連れていっても大丈夫です。
シーフードの店は高い!というイメージがあるかもしれないけど、それは高級魚を頼みすぎるからです。ロブスターとか食べたらどの店でも相当な値段になっちゃうと思うけど、えびやいかやメジャーな川魚くらいならどの店でもびっくりするほど高くはならないし、十分おいしいのです。日本人にすすめると喜ばれる「ソフトシェルクラブ」cua bấy(脱皮したてのカニの料理で、殻ごと炒めて食べる、おいしい)だって、そう高いものでもないです。この店なら1人前5ドル以下だったと思う。

上の写真は私のとっても好きなchả mực (イカのすり身揚げ)。ディルの香りがよい、ハイフォンの名物料理ですね。イカがほどよくあらびきで、プチプチしてておいしい。




えびのココナツジュース蒸し tôm sú hấp dừa。おいしー。殻もフルサービスでむいてくれます(ありがとう)。



そして締めにとってもおすすめの「牡蠣のおかゆ」cháo hào 。貝 cháo trai、魚のおかゆ cháo cáなど、種類もいろいろ。phố biển (海岸通り?)という名前の通り、海辺の町のレストランにはよくある料理。




最後は季節のザボン bưởi をたのみました。
もっといろいろ食べたけど、一人1000円ぐらい。サービスも、料理を出すタイミングとかおすすめとか、ちゃんと相談してくれるし、悪くない。ただし英語はあんまりできないかも。


在住奥様たちなら持っているハノイガイドにものってます。
ちなみにこの店の難点は、個室がなかなかとれなくて、ふつうの席のテーブルは音がわんわん響いてやかましくて話がほとんど聞こえないことです。

"Phố Biển"
14 Trang Thi Str., Hoan Kiem Dist., HN
http://www.anan-vietnam.com/jp/hanoi/f000212/

シーフードだと、ここの他に「Hải sản ngon」にもよく行っていた。あちらはもうちょっと高いけど、オープンテラスだから気候がいいときはいいよね。

2010年9月26日日曜日

9月2日国慶節の花火



ハノイの話はまだ続きます。

ちょうど仕事の食事会が終わってホテルに帰ったところで国慶節 ngày quốc khánh の花火が始まって、部屋の窓から見ることができた。ホアンキエム湖、タイ湖、レーニン公園、市西部の開発地域であるミーディン Mỹ Định の4ヶ所であがっていたようで、写真はホアンキエム湖方面のもの。同行者たちには「日本の花火に比べたらそれほどでも…」と言っちゃったんだけど、15分ぐらいとはいえ意外にも豪華で美しい花火だった。ハート型など立体的な絵の形の花火みたいに最新型もあったし、本数も十分で見ごたえがあった。見下ろすと通りはバイクを止めて花火に見入る人で一面の渋滞だった(笑)。ベトナムの平和と繁栄あらばこその美しい花火だ。
私はたぶん2000年のミレニアムの国慶節のときにも花火を見たと思う。借りてた家の屋上からだったか、それともホアンキエム付近の人ごみの中だったか・・・。その時から10年たったのですねー、となかなか感慨深かった。そして10年後、見ちがえるほど豪華になった花火をニッコーの窓からまた見ることになるとはもちろん思わなかったですとも。

2010年9月21日火曜日

アートのハノイ?その1

今回のハノイ滞在では、部屋にかける絵をさがそうと決めてました。
なぜ今、絵?かというと、実は、昨年帰国のとき、ハノイで買ってかけていた油絵を1枚、がんばって持って帰ってきた。そして今の部屋にも引き続きかけているんだけど、私はその絵がとっても気に入っていて、部屋に好きな絵があるのっていいものだな~って改めて思うようになった。それで、そのうち部屋を好きな絵でいっぱいにしたいなと思って、ハノイには実は絵が手頃に買えるところがあるので、気に入った絵を見つけようと思ったのだ。

ちなみにその絵は、シルク店の多いHàng Gai通りの洋服屋で買ったものだった。
買った時のいきさつがちょっと面白かった。なぜ洋服屋で油絵?かというと、この店は実は店の奥に刺繍絵を置いていて、しかもお土産物屋によく置いてあるようなステレオタイプな風景画などではない、ちょっと面白い図柄のものをおいていた。刺繍絵の方をプレゼントに一枚買ったこともあって、たまにのぞいていた。(ついでにかわいい犬もいた。)
それである日なんとなくその店を通りかかったとき、実はその店の刺繍絵には、店の奥によく見ると何枚かかかっている油絵と同じ図柄のものがあることに気がついた。聞いてみると、実はその店の女の子(オーナーの娘?)のおじさんで油絵を描く人がいて、その人の絵を元絵にして刺繍絵を作っているんだという。(刺繍絵の図柄はよかったのだが、刺繍そのものの技術はたいしたことなかった)
その中の一枚に、蓮の花の刺繍絵があり、その絵の元になった油絵も店にあった。蓮の花といってもよくある感じのほのぼのした感じのものではなく、雨の中風にあおられて花びらが吹き飛ばされそうになってる蓮の花を中心にした、全面が暗い青っぽい色合いのシックな絵だった。元絵の方は額にも入っておらずキャンバスそのままの無骨な状態で壁にかけられていた。それがなんとなくいいなあと思って、なんとか持って帰れないこともない感じの大きさだったのでその油絵の方の値段を聞いてみたら、元絵のほうは売るつもりはなかったらしく、女の子は絵かきのおじさんに電話して売っていいかどうか聞いた挙句、いくらでなら買う?って感じに逆に聞かれてしまい、う~んそれじゃあ(いくらなら買うんだろう、私。と思いながら、適当に)70ドルで!みたいな感じで交渉して買ったのでした。その程度のものなんだけど、世界に一枚しかない手書きのオリジナルの油絵なのだし、何より生まれて初めて気に入ってほしいと思って買った絵なので、私にとって特別な絵になったのでした。

前置きが長くなったがこの話から何が言いたいかというと、ハノイにはなぜか絵を売ってるところが多いということだ。絵をかく人が多いからなのか、あるいは買う人が多いということだろうか。意外に、音楽家や画家などの芸術家が多いのは事実だ。芸術家はだいたい芸術一家の出であることが多い。ぜったいもうからないだろうと思うのだが、恵まれた家系の人が多いんだろうか。あるいは上流なベトナム人は絵に意外にお金を使うんだろうか。
ただし絵を売ってるところが多いといっても、街の中にたくさんある画廊の9割がたでは、アジア好みの西洋人向けおみやげ的な、ステレオタイプな絵、または名画の模写しか置いてない。でも気をつけて探すとたまーにオリジナリティのある絵を置いてあるところがあるんです。

そういう店の一つとして行ってみたのは、Hàng Trống通りの"White lotus"で、番地を忘れちゃったんだけど、下の記事に書いたブンチャー屋(90番地)の向かいにあるので行ってみてください。
ここは、自転車を題材にした版画ばっかり作っている Trần Công Dũng の版画を主に置いている。(こんな絵です。)この人の絵は、以前文廟の近くの Maison des arts で見たことがあって好きだった(この人、ベトナム語で検索しても全然ヒットしない。ベトナム人の間では知られてない?)。


他にも、作家名がわからないんだけど、↑ 絡み合う電線と木を、夜、下からカラーの照明を当てて撮った写真など、おそらく若い作家のちょっと面白いものがある。若いベトナム人が、ベトナムらしいものを題材にしているのは興味深い。版画や写真などの複製可能なものは小さければ1枚10ドルぐらいからとお手頃だ。


私は希望通り、ちょっと気に入った版画や小さい漆絵を買うことができて目的達成。新しいお気に入りになりそうです。
たまたま今月号のベトナムスケッチでハノイのアート特集だったので、そこに載っていた画廊にも行ってみたのでこれはまたあとで。これから「アートのハノイ」を売りにできる未来は来るか?

2010年9月20日月曜日

ストリートフード1 bún chả @ Hàng Trống

今回、初めて直行便で行ったんだけど、予定通りに午後3時前には着陸しちゃって、たまたまなのか着陸便が空いてる時間帯なのか、荷物もあっというまに出てきて、4時過ぎにはもう市内にいた。直行便ってやっぱり便利なのね。
なぜかハノイに着いたとたん、急におなかがすいてきた。そして、おなかがすけばすぐに食べられるものがハノイの通りにはいっぱいあるわけだが、食べたい時においしいものが気軽に食べられる街って普遍的に魅力があるなと思う。


さて、「またかよ‥」とお思いの方もいるかもしれませんが、Bún chả (nêm) です。だって好きなんだもん。


Bún chả はやっぱりおいしいのだ~。
この店のつけだれは、すごく酸っぱくも濃くも薄くもなく、あっさりめでちょうどいいと思います。
にんにくと唐辛子は入れる派です。


場所は90 Hàng Trốngです。昼しかやってない。2002年頃に既にあった店で、わりといける。奥さんも昔から変わらない。舗道でこどもイスなところも10年前と変わらず、なんですけどね。
値段はたしか、ネムありで1人前17000ドンぐらいだった(ような気がする)。

夏季セミナー中に学生がうちに来て作ってくれたBún chả もおいしかったよ!今度うちでまた作ろう。

2010年9月16日木曜日

人気店の相次ぐ移転。PUKUの場合



ハノイでは先回の訪問から5ヶ月の間にたくさんのなじみの店があっちこっちに移転していた。
理由はおおむね、お約束の「商売が繁盛してくるともっと高く借りてくれる借り手に貸そうとして大家がするむちゃな賃上げ」じゃないかと思うけど・・実際はどうなんでしょう。
私のハノイいちのお気に入りカフェ「PUKU」は、Hàng Trống通りの路地の奥の2Fというややアングラな場所から、上記の写真の通り、なんと意外にもTốn Duy Tânの通りに面した堂々たる一軒家、というわかりやすくオープンな立地、に移転していた。


昔はちょっと汚くてボロい感じがよかったのだが、今やすっかり大きくりっぱになってしまった。
Tốn Duy Tânといえばハノイには珍しく深夜まで営業する店が並ぶ通り(*ベトナムでは法律で深夜12時までしか営業が許されていないが、地区や業種によって特例があるらしい)。PUKUもなんと24時間営業になってしまい、大繁盛しているのだった。スゴイ。アングラだったのに。変わるもんだ。
しかし実は、新しい店のインテリアは昔の店の面影を残していて(長ーいランプが下がってるところとか、壁の色の塗り方とか)、店員ちゃんたちもだいたいみんなそのまま移ってきたところをみると、店の経営方針はそんなには変わっていないらしい。顔なじみの子もいて、「Chị、ひさしぶりだねー。どう?きれいになったでしょ。」と自慢気だった。

まあ、いい店がなくなっていけすかない店が増えるよりは、いい店が大きくなってみんなに愛されてる方がいいよねー。これからも応援してます!がんばれPUKU。

最近のベトナム式バイク用上着



最近はこういうのが主流です。(バイクを運転してる女性が着てるペイズリー柄?のやつ)
気になる首も手の甲も隠れてカンペキね☆

これ、日本でも売れるんじゃないかと思う。